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闘病記録




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私達夫婦の場合は、(末期余命2ヶ月)でしたから本物探しに必死でした。介護するものが信念を持って接することで患者も安心します。

ありとあらゆる努力と奇跡をいただき、肺の方は勿論、脳の方も完全に近い治癒でしたが、これは1ヶ月に1回のMRIの検診を受けていました。

発病時は、前頭葉部に出血があり、脳細胞がある程度失われていましたのでうっかりして風邪を引かせてしまい、発熱したとき、老人性痴呆症のような状態になり本当に心を痛めました。

ガンの恐ろしさは、再発と転移があります。
主人の場合、第五腰椎に転移がありました。

転移したとき、食事を思い切って改善し、完全に日本食に切り替えました。
玄米と菜食中心にして蛋白質は、豆か魚をよく噛んで食べるようにし、野菜は緑黄色だけでなく、白血球を増やすといわれているキャベツ、ニンニク、玉葱、生姜なども積極的に料理に取入れています。


[ありがとうの心を言葉にして]

身体だけではなく心豊かに生きるために・・・
たった今この瞬間から喜びと感謝で生きる自分を引き出して・・・
病のなかでより良く生きていただきたい・・・
そして病を立派に克服していただきたい・・・と
想いを込めて・・・



 皆能器本舗(かいのうきほんぽ)代表の村尾益江(むらおますこ)と申します。
この闘病記は1年7ヶ月の間『ガン』と闘った主人の闘病生活と私の思いを事こまかに書きました。


自己の免疫力を落す事なく過激な治療をなるべくさけて
[がん]と共存して笑顔で生きてゆく

激痛・疼痛などの辛い痛みに耐える必要はありません。
自然のもので緩和する事が出来ます。

[がん]は超慢性病で共存していけば決して
怖い病気ではないということです。
ゆっくり進行していく慢性の病です。

その間に[自然治癒力]を高めるという理想的な
[免疫療法]を”早く”見つけることです。



 現在、その立場になられた方々はもちろんのこと。
永い人生には思いもかけない色々の出来事に出会います。
心の準備として少しでもお役にたてれば幸せです。





『主人の闘病中に、自分の至らなさを痛感したこと』

なんといっても家族が一番の心の支えです。
介護の疲れから、些細なことでも感情的な言動は
患者にとって凄い負担になります。
普段と変わりなく接することが一番大事なことだと強く感じました。


患者の言動の不自然さも、時々あって不安になりましたが
”痴呆”などでなく”治療”による副作用の”せん妄”でした。
これは適切な処置で回復しました。
人格の低下を疑い悲しく思ったことを心から反省しました。





癌の宣告を受ける

本人は勿論の事
家族としても一大事です。

人生の試練です。

一生一度の度胸を決めました。
母から度胸がないと常々言われていた私がです。

この医師の力を借るけど…
最初から末期宣言をこともなげに通告しました。
ですので、尚更任せてはおけない。
これからするであろう事は、新しい抗癌剤の治験と放射線だけ。

なにがなんでも
私がしっかりしなければ…

大波到来。
これを乗り越えるには、
ありとあらゆる情報をかき集めて最良の方法を選択する。

それも短期間に…

患者本人は、私にまかせて割とラクだったようです。
優しいひとだから、気をつかったのかな。

また、生死に関しても達観してました。
これが良かったのですね。

その代わり私は大変でした。
生死を任せられる大役を担ったわけですから…

病院から帰ると必死の思いで休む事なく夜も寝ないで情報収集です。

『ビワの葉エキス温熱W療法』はお手のものですが、
ガンはあらゆる方向から攻めなくてはなりません。

そして、本人に対しては笑顔で接する。

本当に1年7ヶ月間、気が抜けませんでした。






 主人の病名は『肺の扁平上皮ガン』でした。
しかも脳と腰に転移しており、末期ガンと診断されました。主人の実家では、ガンで父も弟も妹も亡くなっているのです。
ですから12年前に、この家に入りましてからは特に食事の面など注意してきたつもりでしたが…

 若いときからのヘビースモーカーで、検査のたびに肺に影があることは指摘されていたそうです。そのことを後から聞かされ本当に後悔いたしました。
途中からこの家に入った以上は何事も詳しく知るべきでした。胃腸の弱い人ですからそのことばかり気にかけていました。

 また、検診に行きましても採血・胃カメラ・腸のファイバースコープだけで肺の方は疎かにしていました。胃下垂も治り、体重も増えた事に満足していました。

 倒れる4、5日前から予兆はありました。
車に乗っても道を間違える・釣りに行っても仕掛けに手間取る・話しが何となくおかしい。
前日には親戚の葬儀で長崎まで行ったのですが、車の中で一言も口を開かない。(本人が運転していたらと思うとゾッとします。)

 そして翌朝
発作痙攣を起こし救急車で脳外科病院に…
原因はいくつかあげられましたが、検査の結果、肺ガンによる脳転移ということで脳の出血を抑える治療がされました。

 担当医師によっては、患者には適当に優しくても家族の心まで癒してくれる医師はごくまれです。

私の場合、患者が多いから一々覚えていないとまで言われました。
だからこそ
本当に最高の方法を探し出し必死になって主人を守りました。




■この人を助けるのは私しかいない■

『どんな辛い時でも
時間は勝手に過ぎていくんですから
少しでも良い方向に考えなければ・・・

今日よりも明日
今よりも次の方が明るいって信じたら
いくらでも頑張れるような気がするんです。』




『ビワの葉エキス温熱W療法』についてはこちら


文中に記載されていることでお分かりにならない事は
皆様のお声をお聞きしながら受け答えさせて頂きます。
TEL:0985-64-8381  皆能器本舗 村尾益江(むらおますこ)





■2月21日
 朝食中 ひどい痙攣発作が始まり、やっとの思いで救急車に乗せてF病院脳外科に入院。右前脳に2,3日前のものと思われる薄い出血が有り今朝のが輪を作って中に濃く出 ているとのこと。
(考えられる病名)痙攣発作、症候性癲癇、肺がん、転移性脳腫瘍、脳内出血
(治療計画)坑痙攣剤の投与、全身検索、脳出血の経過関与、出血増大の場合手術

■2月22〜2月28日
 頭部CT、MRI、全身CT、シンチ、SPECT、脳波、などの検査あり。

■2月29日
 運命の日。家族の前にレントゲンが映し出され左肺上葉部の癌、かなり大きい脳の出血も肺よりの転移。腰にも転移。一番考えたくない事実。
病室の本人にどの様に接していいのかわからず時間を稼ぎ病室へ・・・脳外科のY医師が何度も咳払いをしながら言いにくそうにすでに全身転移で末期ガンだろうと言われた事が胸を締め付ける 。助からないなら抗がん剤も放射線もさせない。 自宅で最後まで私の手で出来る限りの事をしてやりたい。

私再婚なので義理の娘や娘婿に相談すると遠慮がちに病院での治療を受けさせたいと・・・
当然の事と考え気持ちを切り替え併行して何か免疫治療法を考えることにする。
夜中に腰を痛がる。ズキズキと奥の方が妙な痛さだと・・・

私の胸が熱くなる。

■3月1日
 病室で『ビワの葉エキス温湿布』を始める。私でなければ出来ない芸当・・・

誰が主人を助けるの、度胸を決めなくちゃ

夜中5分おきぐらいにベッドの調整 息苦しさが出ています。脳の働きが鈍っているので夜中トイレに行くとき点滴を引っ張り血を逆流させるので油断できない。
息子が(実の)私の体調を心配して「煎じクスリ」を作って持ってくる。主人が突然倒れたので、私の事も不安なんでしょう。血圧が少し高めなので・・・

■3月8日
 麻酔して気管支ファイバー 今日は特に息苦しい。胸骨の痛みも出て来た。首筋に熱を持つ。

■3月9日
 痰の検査 まだ認めたくない今の私の気持ち。Y医師にお願いして首のレントゲンを撮っていただく。(発病前から痛がっていた)

■3月14日
 朝レントゲン 尿も取る。
今後病院で服用するものは多かれ少なかれ副作用を伴うものばかり。それに備えて今日から肝臓を守ってくれる様にとこの2つを飲んでもらう事にした。

私がしっかりしてないと病人は私の言う事を聞かなくなる。もう迷わない。
『ビワの葉エキス温湿布』は看護士の見回りのない1時過ぎに30分実行。

■3月16日
 国立病院放射線科へ私一人Y医師から渡されたフィルム持参。国立の医師は写真を見て
「残念ながら末期ガンです。余命2ヶ月。年齢も高いので(71歳)治療しても3ヶ月から半年でしょう。現に2/21〜3/14までのフィルムを見てもとても進行が早い、放射線にするか薬物治療にするか入院してから決めましょう。」
脳転移はまだ出血が取れてないので肝心の肺(扁平上皮ガン)10センチの治療予定は入院してからとの事で入院は3月21日と決めて帰る。

脳外科の医師の様でなく、ガン専門の医師の言葉は情け容赦なく、私もついホロリと・・・
「ああ、どうしました?大丈夫ですか?」と医師その言葉も白々しい。

腰は放射線が割と良く効くけど患部への当たり具合では最悪の場合車椅子になるかもわからない。あまりにも情け容赦のない言葉に会計も忘れてタクシーに乗っていました。

私 簡易ベッドで眠れず夜中もずっと見守る。
息苦しさが増して、ベッドの微妙な高さを一晩中上げ下ろし・・・いつもは優しい人なのに人柄が変わった様に文句を言う。肺炎と胸膜神経痛併発。本人に告知してないので、どうして痛むのかグチルのを聞いてたまらない気持ちになる。

■3月17日
 ガン本も入れると15冊ほど・・・熟読に熟読を重ねる。
集中してガンに効くものでなければ今は間に合わない。 腰の痛む所は病院の目を気にしながら「『ビワの葉エキス温湿布』」を徹底している。

レントゲンの結果はどう出るかわからないけど・・・

まだ、寒いし病気は肺なので温度に細心の注意を払いながら20分 ガンは42度以上の熱に弱い。しかもビワエキスの効果と併せて効いてくれる。私が信じているので本人も素直に従って治療に応じてくれる。
食欲も出て何も症状がないので私から本人に“ガン”で有る事を告知しよう。

さすが“末期ガン”とは言えないけど・・・

転院先の医師が告知する事になっているがあの口調でやられるのでは本当に落ち込んでしまう。
実際にそうなって来ているのだから・・・

■3月18日
 ずっと下がっていた点滴も全部外され、体調もずっと良くなって来た。息苦しさも、胸骨の痛みも全部なくなる。食欲も家から持って来たもの、買ってきたもの、全部手をつけて食べている。
今日は告知!

ずっとそれらしい事は言って飲ませて来たけど、改めて状態を説明する。本人それほど落ち込まず、『ビワの葉エキス温湿布』を続けていれば大丈夫と思いこんで信じている。体調がよく気持ちが前向きになって来たと言う事でしょう。

■3月19日
 高知の裕子より電話。久しぶりに長電話して、病室に戻ってみるとチリ籠一杯になるほど“痰”が出ている。そして直後両手が震え出す。看護師さんが電気毛布を持ってきて、少し治まった。国立病院の医師が、どんな事が起こっても不思議ではない状態と言われた事を思いだし、こんなにも早くと胸が塞がる思い・・・

隣のベッドのKさんの話では脳の血流がよくなって血が流れ出し快方に向かう時自分もそのような事が2回程あったとの事。
抗生物質点滴変えられる。始めの頃の息苦しさ痛みが大分和らぐ。

■3月21日
 国立病院へ転院 412号室 芳伸さん(娘婿)隆と3人でH医師の説明を受ける。2/21〜3/14までのレントゲンでは明らかに進行している。でも、今日本人を見る限りでは割と元気そうなので抗ガン剤と放射線と両方でいきましよう。

放射線は3/23から1ヶ月〜2ヶ月
抗ガン剤は3/26 19時から翌日17時まで
ホルモン剤(ステロイド)抗ヒスタミン剤、パラプラチンとタキソール二つの抗ガン剤

(副作用として)
筋肉痛、末梢神経障害、骨髄抑制(白血球、血小板低下)食欲低下、嘔吐、脱毛など
重症の場合 臓器出血(脳、肺、肝、腎など)を併発し危険な状態になる事もありますので輸血が必要になる事が有ります。
(しかし、赤血球の輸血と異なり血小板の体内での寿命は短く、頻回に輸血の必要か要ることもあります。)と

■3月22日
 弘子ちゃん(義理の娘)達と話し合った末、担当医師に任せることにした。状況次第でとの事で・・・
本人にも治療の事報告。思ったよりあっけらかんとしていてこちらが拍子抜けするくらい・・・我慢強い人だから私の気持ちを考えて耐えたのだと思う。

それにしても体の状態が良くなっていたときで良かった。癌とはいわないまでも数多く体験談を読んで上げてたので、たとえ癌でも恐くないと気持ちが前向きになっていた結果でしょう。

■3月23日
 8時30分病室へ 少し具合悪し。昨日の事で少し心因的なのもだと思う。
12時半頃、H医師から再びこれからの治療計画と使う抗ガン剤の説明有り。3時25分放射線治療開始。1ヶ月〜2ヶ月予定 照射部位確認の為、紫のシルシをつける。その範囲の広さにびっくり。15分くらいで終わる。

(放射線の副作用として)
二日酔状態、これは個人差があるとの事。ダルサ、吐気、口渇、頭痛など。食事の通りが悪くなったり、飲み込む時の痛み(食道炎)が起きる事がある。血液変化で抵抗力が弱まり、感染を起こしやすくなる。終了後に放射線肺炎が起こる事がある。それからヒフ炎・いずれも適切な処置をするので、 安心して治療を受けるようにと・・・でも不安です。これと抗がん剤の副作用で正常な細胞が痛めつけられる。

(ここは付き添いが泊まれないので)大部屋4人
咳止めは飲まなければ飲まなくても良いと回診に来られた内科のO先生がおっしゃる。寝入りばな咳が出るのは普通だとおっしゃった。担当ではなくても、ちゃんと答えてくださる。これからは安定剤だけにしておこう。

■3月24日
 放射線9時半より
主人の友人Aさん来られる。
胸のシルシを見て癌と気づかれたと思ったのではっきりと病名を告げる。
5時外来でH医師より本人に告知、治療計画について詳しく説明。9時に家に帰る。夜中11時頃に病院に電話してフトンが軽かったので、毛布を看護師さんにお願いする。日曜の夜から抗ガン剤点滴。

■3月25日
 酸素(97%)血圧(120)
夜中のベッドの上げ下ろしは辛かった。これが全く無し。痛みも無し。酸素量も普通。
付き添いベッドがないので7時に帰るけど家では夜中も電気点けっぱなしでフトンの周りは癌の本だらけ・・・

こうしていないと不安。

■3月26日
 今日は早く病院へ。暖房入れすぎで具合悪し。大部屋なので自由が利かない。頭、首筋熱を持つ。タオルで冷やす。
夜7時から点滴開始(抗がん剤)24時間。
先ず副作用を軽くする為のステロイド40分位。同室のお年寄りRさんこそこそし出し(少しボケが入っている)気が気でなく看護師さんに知らせ、ご家族に来て貰う。初めての点滴でこちらも緊張しているので・・・9時帰宅。

■3月27日
 朝、8時半に来てみると割りと元気そう・・・昨夜は咳が出たのでクスリを貰ったらしい。
副腎皮質ホルモンと吐き気止め、頭の圧を下げるもの2本点滴。点滴つけたまま放射線治療。そしていよいよ抗がん剤点滴開始。
12時開始 I医師15分付いて下さったが異常ないので大丈夫だろうとの事 4時半終了。後は生理食塩水とソリタT3号点滴で完了。
5時血圧114〜65 血糖129

■3月28日
 朝9時病室へ むかつきが有り 止めクスリ服用 フラッとしたとの事 副作用か?
11時 体温36.4度 血圧122〜65 酸素97 血糖103

■3月29日
 朝食後ムカツキ 昼食前気分が悪く(30分ほど)衰弱する事が心配になってきた。

■3月30日
 朝行くと割りと元気 夕食前気分悪し。2回目の点滴の事考えるべきか?

■3月31日
 H先生に1週間治療を延ばす様に4時過ぎ芳伸さん(娘婿)と二人で話しに行く。それに対し、「一度の抗がん剤で殆ど副作用がないに等しい。 白血球も減ってないし血小板も異常なし。これを休むと今度再開した時、これ以上きつくなる」と・・・
今日は詳しく説明を聞き納得。本人にも話しておく。


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